トマ・ピケティが『R>G』で伝えたかったこと 〜資本主義と不平等の本質を読み解く〜

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1. はじめに:R>Gとは何か?

2013年、フランスの経済学者トマ・ピケティは『21世紀の資本(Le Capital au XXIe siècle)』という書籍を発表し、世界中で大きな注目を集めました。

その中心概念となったのが、次の不等式です。

R > G

これは、

  • R(Return on Capital)= 資本収益率
  • G(Growth)= 経済成長率(所得・産出の成長率)

という意味です。

ピケティは、RがGよりも大きい状態が長期間続くと、社会における富の格差が拡大すると主張しました。

この不等式は、シンプルながら、現代資本主義社会の不平等を説明する上で非常に強力な理論であり、多くの議論を巻き起こしました。

この記事では、ピケティが「R>G」で何を伝えたかったのか、その背景、意味、そして私たちにとっての示唆を考察します。


2. 歴史的背景:格差は例外ではなく「資本主義の自然な帰結」

ピケティは20年以上にわたって、ヨーロッパとアメリカを中心に税務データや所得・資産の統計を収集・分析してきました。

彼が導き出した重要な結論のひとつは、

「20世紀中盤(1945年〜1970年代)の格差縮小は例外的な時代であり、むしろ長期的には格差は拡大する傾向にある」

ということです。

■ 20世紀の「格差縮小」は例外だった

20世紀前半には二度の世界大戦と世界恐慌があり、それによって莫大な資本(資産)が失われました。さらに戦後には高い経済成長(=Gの上昇)と累進課税政策によって、労働者の所得が伸び、格差が縮小しました。

しかし、1980年代以降、新自由主義的な政策(規制緩和・減税・労働市場の柔軟化)が進む中で、再び富の集中=格差の拡大が進みます。

このような長期的トレンドをピケティは、数百年分のデータに基づいて示し、「資本主義の下では、放っておけば格差は拡大するのが自然な流れ」と結論づけたのです。


3. R>Gが格差を生むメカニズム

では、なぜR>Gの状態が続くと格差が拡大するのでしょうか?

そのメカニズムを具体的に見てみましょう。

■ R(資本収益率)とは

資本を持っている人が、その資本(不動産・株式・事業など)から得られる利益の割合を指します。歴史的に見ると、Rは年平均で『4〜6%』程度でした。

たとえば、1億円の資産を持っていて、年5%の利回りがあれば、毎年500万円が資産に加算されていきます。

■ G(経済成長率)とは

経済全体の生産性の伸びや人口増加によって、国全体の所得やGDPがどのくらい増えるかを示します。先進国では年『1〜2%』程度に落ち着く傾向があります。

■ 資本の再投資と富の集中

もしRがGよりも大きければ、資本を持っている人の資産は、労働による所得よりも速く増えていくことになります。

これが数十年にわたって続けば、資産家はますます豊かになり、資産を持たない人との差が広がっていくのです。

言い換えると、「働くよりも資産を持っているほうが得をする」社会ができあがります。


4. ピケティが伝えたかった本質:「努力では埋まらない格差」

ピケティの主張の核心は、次のようにまとめることができます。

「現代資本主義においては、努力や才能ではなく、“親から受け継いだ資本”が人生の成功を決定づけるような社会になりつつある」

このような状態は、メリトクラシー(能力主義)という近代社会の理想を脅かすものです。

努力すれば報われる社会が崩れ、資本を持つ者がますます優位に立ち、貧困層は努力しても報われないという閉塞感が生まれます。

ピケティは、経済的不平等が政治的不平等にもつながると警鐘を鳴らしました。

資本を持つ者は政治に対しても影響力を持ち、自分たちに有利なルールを作る傾向があるからです。

これが放置されれば、「民主主義の空洞化」さえ引き起こしかねません。


5. 未来への提言:グローバルな累進課税

ピケティは「R>G」を是正し、格差を縮小するための方策として、いくつかの提言を行っています。

その中でも最も注目されたのが、

グローバルな資本への累進課税

です。

■ なぜ累進課税か?

所得税や消費税ではなく、資本(財産)そのものに対して累進課税をかけることで、資産の集中を抑制しようという考えです。

例えば:

  • 資産1億円までは税率0.5%
  • 資産10億円を超えると税率2〜3%

といった形で、資産規模に応じて税率を上げていく方式です。

これにより、資本が無限に膨張するのを防ぎ、Rの上昇を抑制することが期待されます。

■ グローバルな連携が不可欠

ただし、各国が単独でこのような課税を行うと、資本が課税のゆるい国に逃げてしまう(タックスヘイブン問題)ため、国際的な協調が不可欠であるとピケティは強調しています。


6. 日本への示唆

日本は欧米ほど極端な格差社会ではないとされてきましたが、近年は相続資産の偏在や高齢者と若者の資産格差が問題視されるようになっています。

また、人口減少や低成長(=Gの低下)が続く中、資本を持つ層と持たない層の格差は今後さらに拡大していく可能性があります。

日本でも以下のような議論が重要になってきます:

  • 相続税や資産課税の在り方
  • 若年層への資本形成支援(NISA、iDeCoなど)
  • 教育格差や住居格差の是正

ピケティの理論は、単に学問的なものではなく、私たちの社会制度の設計に深く関わる提言なのです。


7. よくある誤解と批判

ピケティの「R>G」理論に対しては、いくつかの批判や誤解も存在します。

■ 批判1:RとGは一定ではない

「R>G」はあくまで長期平均の傾向であり、短期的には逆転することもあります。

例えば、リーマンショック時には資産価格が暴落し、Rが大幅にマイナスになりました。

ピケティ自身もそのことは認めており、彼の主張は放置すれば長期的にR>Gになる傾向が強いという点にあります。

■ 批判2:技術革新が格差を打ち消すのでは?

一部の経済学者は、AIやICTなどの技術革新によって、新たな労働機会が生まれ、格差は縮小する可能性があると主張します。

これに対してピケティは、「技術革新がもたらすのは“新たな格差構造”であり、解消とは限らない」と反論しています。

実際、テクノロジーが生んだ巨大IT企業の創業者たちは、巨額の資本を手にしています。


8. 結論:私たちはどんな社会を目指すべきか?

ピケティの「R>G」は、単なる数式ではなく、「このままでは格差が際限なく広がり、民主主義や社会の安定が揺らぐかもしれない」という警告です。

そして同時に、それにどう対処すべきかという提案でもあります。

資本主義は自由と豊かさをもたらす制度ですが、制御を怠れば、その果実は一部の人々に偏ってしまいます。

ピケティは、そのような未来を避けるために、公平な資産分配と民主的な制度設計を重視すべきだと訴えているのです。


参考文献・資料

  • ピケティ, トマ『21世紀の資本』みすず書房(2014年)
  • トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』(2020年)
  • OECD各国統計、世界不平等データベース(WID.world)

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